本当の「豊かさ」とは?

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YADOKARI」という住まいや暮らしに関するプロジェクトを立ち上げてから、多くの機会や人脈に恵まれる中で「豊かさ」について真剣に考えることが多々ある。

YADOKARIのミッション(使命)のワンフレーズに、

「住の視点から新たな豊かさを定義し発信する」

と題打っているわけだが、単なるスローガンや安易な表現にするつもりは無く、真剣に向き合っていこうと決めている。

僕らの多くは「豊かさ」とは、何かしらの地点に到着したり、経験をしたり、手にしたりできると考えている。

言い方を変えてみると、努力や鍛錬、情熱や好奇心、行動や思考、試行錯誤の上に、その先にある何かしらの形を得ることが「豊かさ」のゴールだと考えているが、本当の「豊かさ」はそこには無いと感じている。

「豊かさ」それは今のある全てが完全で満ち足りていると感じる中に流れている。

自然界も同じように、すでに存在する有限な資源が美しく完全性の中にある。

最近よく耳にするようになった持続可能性(サスティナビリティ)、持続性の追求の本質も

「自分が必要とするものは、すでに自分は持っている」

と認識し感じるところにある。

消失と獲得、減少と蓄積ではなく、満ち足りた中にいると感じるところから始まる。欠乏から入るのではなく充足から入り、それを確信するところに「豊かさ」は訪れる。

そんな中で、多くの人達と本当の「豊かさ」を感じ、共感を繋ぐためには、こんな小難しい話をしてもまったく伝わらないことは重々承知している。

なので相反するが、共感の入り口として目に見える表現や形にすることはとても大事だ。そこには好奇心というスパイスも時には必要だ。

僕らが取り組む「住まいや暮らし」という切り口は、毎日の生活に密接しており誰もが触れる日常でもある。

だからこそ、そこを突き詰めていくことが「豊かさ」を感じ、共感を繋ぐ近道だと感じている。

「日々の暮らしを丁寧に生きる」

当たり前のようなことに聞こえるが、このワンフレーズのあらゆるパターンを表現に変え、あらゆる形で伝え発信しながら共感を繋ぐことが大事だと。

その端々で、完全性や充足を感じる時がふと訪れるはずだと。

もちろん僕自身にも、その時が訪れますように。