成長は必ずしも幸せとイコールではない

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最近、同年代の友人と「何が幸せなのか?」なんて話をします。

大抵、男友達と集まるとビジネスの話題が多く、目標や夢に向かっての自分の活動の話なんかを共有したりします。

優秀な人ほど「新しいことを学ぶ、成長する、上昇する」ことに快感を覚えがちです。

しかしながら、人生の大部分を成長することばかりに使っていると時に大事なものを見失ってしまう場合があるのではないかと。

なぜなら上昇志向にはまると、家族との時間や遊んだり、まったりしたり、楽しんだりする時間は、成長の邪魔になる感じがしてしまうからです。

この観念は、資本主義時代の競争社会を物語るものだろうと。

今ふと立ち止まる人々が多いのは、もちろん時代の転換点であるからですが、

「家族の絆や、大切な人との信頼感を失ってしまった先に
あまり人生での幸せは見えないと薄々感じている」

からだと思います。

昔、社会人に成り立ての頃、結果を出すために会社に寝泊まりして休みなく働いて、過労で倒れて、救急車で運ばれたこともありました。それでも仕事は楽しかったし、達成感や充実感がありました。

そんな僕を見て、その当時付き合っていた女性がこんなことを言ってました。

「一緒に料理したり、ご飯食べたり、散歩したり、くだらない笑い話をしたり、ただ一緒にいて、お互いが安らぎを感じれる関係。そんな時間と関係が築けていることが一番幸せだと思う」

極論人生はそういうことなんじゃないかと。

大切な人といる時間も、仕事したり、自分の成長のために時間を使うっていうのは滑稽で傲慢であるし、幸せから遠ざかっていってしまうと、
その当時「ハッ」と気付かされたのを覚えています。

本質的には幸せを求めているのに、自分の成長や好奇心、上昇志向にフォーカスをあて過ぎると幸せは遠のいていくということになりかねない。

ちょっと立ち止まって、「幸せってなんだっけ?」って見直してみる。そいういうリバランス感覚を意識していくことの大切さが今個々で問われているのではないでしょうか。

成長と幸せの素敵な関係を今改めて見直そう。