自己と向き合う、自己愛

うちの会社にはリッツカールトンと同じくクレド(信念)カードがある。

クレドについて定期的に話し合う研修も各月で行われる。

昨日は年末最後のクレド研修。

密度が濃く、穏やかな時間が流れた。

その後、社員3人で遅い夕飯を食べに行きながら、

「情熱」と「愛」について語りあった。

「情熱」は欲望を満たそうとする根源的欲求から生まれるもの。

「愛」とは見返りを求めず、自分自身が傷ついてもそれでもなお自分以外の人間のためへの奉仕。

かたや臨床心理や精神治療の分野では

「愛」には無限の形があるという。怒りの愛、奉仕の愛、悲しみの愛・・・

愛とは時に乱暴で、時に負荷となるものでもあり、愛は気まぐれだという。

有名な精神科医の先生が、放った一言が私は印象的だ。

「愛」よりも時に「親切」が人を救う。

精神科医立場上もあるが考えさせられる一言だった。

ハートフルな部分をこうやって考える先に見える根源は結局「自己愛」にループする。

「自分と言う人間を本当の意味で愛せるのは自分一人しかいない。」

上記の他人への愛や親切を本当の意味で伝えるにはまず自己と向き合い、自己を愛すること。

自己と向き合い、自己を愛するためには・・・

    「感魂」

    たましいが泣きたい時

    たましいが笑いたい時

    理性を超えて、涙がとめどなく溢れてくる

    理性を超えて、満面の笑顔が、溢れてくる

    たましいの叫びは

    いくら隠そうとしても

    いくら蓋をしようとしても

    どんなに取り繕っても

    体という、たましいの衣を使って表現してくる

    何も考えなくていい

    ただ感じればいい

    今、心の内から聞こえてくる

    その声を

私が書いたエッセイ。そういうことなんだと私は思う。

では、また。

2007年12月19日